2009年01月28日
大老の仕事
大変重要な役割をされているようです。
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非常置の職で定員は通常1人以下で、重要な政策の決定にのみかかわった(大政参与)。評定所への出勤や月番などの日常業務は免除されていた。
初期の幕閣では松平定勝や松平忠明といった家康の信頼が厚い親族(家綱時代の保科正之もこれに近い)や井伊直孝・酒井忠世などの重臣(井伊・酒井両名が大老に就任したかどうかについては意見が分かれている)が元老としての役割を果たしていたが、その役割をベテランの老中に担わせた職掌とみることができる。その意味では譜代大名の名誉職的な意味合いが強い職であったが、酒井忠清・井伊直弼のように自らに権力を集中させる者もいた。
記録で明らかところでは、1638年に徳川家光が土井利勝・酒井忠勝を大老に格上げしたのが始まりとされる。その後、徳川家綱の時代に酒井忠清・井伊直澄が就任し、5代将軍徳川綱吉が任命した堀田正俊の時に最高職としての体裁が整った。
大老職に就けるのは井伊・酒井(雅楽頭流)・土井・堀田の四家に限定された。この四家以外にも譜代10万石以上の大名が任命されることもあったが、大老ではなく大老格と呼ばれた。たとえば、柳沢保明(後の柳沢吉保)は大老格である。しかし、徳川四天王と称せられ、石高でも堀田家を上回っていた譜代重鎮の酒井忠次・榊原康政・本多忠勝の末裔はこれに任じられないなど、大老四家を固定した基準はいまひとつ不明である。なお、土井家は土井利勝ただ一人だけが大老に登用されたが、4代目の利久のときに無嗣廃絶となり、7万石(後に1万石加増)で家名再興が許可されたため、石高で大老となる資格を喪失した。しかし天保の改革が頓挫したあとで土井利位が老中筆頭になるなど、幕閣に連綿と重きをなした。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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- at 18:25